無銘正宗「疱瘡正宗」〜はじまりのはなし 佐野美術館の名刀コレクションを中心に展
無銘 正宗 号「疱瘡正宗」
2尺2寸5分
重要文化財 佐野美術館蔵
今回の展示から、まずは正宗の刀を取り上げる。
この刀には「疱瘡正宗」(ホウソウマサムネ)という号がついている。
それは、八代将軍吉宗が世子家重の疱瘡(=天然痘)からの全快祝いに、この刀を贈ったことにはじまり、以降徳川四代にわたって、この慣習がつづけられたためだ。
「疱瘡正宗」は、観る時の光の加減や、自分の気持ちで、まったく表情を変える不思議な刀だ。
暗く沈んでみえる時もあれば、明るく華やかにみえる時もある。
硬軟の鉄を組み合わせ、地景と金筋を強調する正宗の作風が、光が暗めの時は地景を目立たせ、明るい時は金筋を目立たせるからかもしれない。
姿は正宗らしい、のびやかな中反りで、青く澄んだ地鉄と、黒く沈み込むような地景とが明暗を絶妙に際立たせている。
刃文は渡辺先生の言葉を借りると、『のたれ文に互の目を交え、「雪のむら消え」という沸と匂いの妙味を見せ、水墨画の破墨山水を見るごとく、静謐な中にも躍動感がある』と表現されている。
正宗といえば、キラキラと華やかにはじけるような沸に目がいくが、実はその下には匂いを敷いていて、その匂いがあるからこそ、潤いがあって艶めくのだと思う。
よって、「疱瘡正宗」の見所は、中反りののびやかな姿、美しい光を放つ沸、躍動する地景と金筋ということになろう。
見るのは同じ人であっても、その時の光や気持ちの変化によって、さまざまに異なった表情を見せるのも名刀たるゆえんのひとつである。
つまらない刀は、ひとつの表情しかなく、誰がいつ見ても同じものにしかみえないものだ。
別な言い方をすると、人間のさまざまな表情を名刀は鏡のように映しだすともいえようか。
そして令和2年、武漢発の疫病が世界的に大流行している今年、この刀を観ることに新たな意味が加わった。
天然痘が全快したお祝いに贈られたこの刀は、疫病を退散させる秘められた力が宿っているのではないか。
そう思って、この刀の前に立ち「疫病退散」と心の中で三度唱えると有難みがますというものだ。
疫病の怖さと、それが去ったことのうれしさを託されたこの刀の価値を、まざまざと思い知らされた今年一年であった。